Sep 20, 2009

ブーツを脱がないという選択肢 (私的Richard Stark 論)

「部屋でもブーツを脱がない」

たまにそういう判断を行ったりします

人間の判断は相対的であるので、ある人にとって「まあいいか」という行動が、別の人にとっては全く反対の見え方になったりします、その間に「ゆらぎ」のようなものが存在するわけです

そういう人間の判断に大きな影響を与える要素としてSocial Normというものがあります

いわゆる社会通念の枠組みでの良識が、個人の価値観を凌駕して、物事の判断を決定してしまう

「家の中では靴を脱ぐ」というのはSocial Normとしてまだまだ根強い社会的価値観

ゆえに「部屋ではやっぱりブーツを脱ごうかな」

そういう判断をしてしまうこともあります

そんな中、ある雑誌で見かけたRichard Stark

Chrome Heartsの真っ白なレザーソファにゆったりとエンジニアブーツを履いたまま横たわっていました

彼の存在感とともに力強いメッセージが伝わってきます



この写真のRichard氏。履きこまれたエンジニアと革パンの風貌は圧巻です(Chrome Heartsの革パン、これくらいラフに履きこんでみたいものです)

これくらいの存在感があれば、家でブーツを履いたままでいようが、真っ白なソファーに横たわろうが関係ないのでしょう、大きな勇気を与えてくれます

Sep 12, 2009

Bucoとミッキーマウス


道具として使うことを目的としてか、見て楽しむことを目的としてか。後者は著作権として、その創造的表現は知的財産権の中でも幅広い保護を受ける。

後者の代表はミッキーマウス。Bucoはどうでしょう?ブランドは商標、デザインは意匠として保護されているはずですが、根本がミッキーとは別です。リアルマッコイズがBucoのレプリカを製造・販売するにあたっては、権利元から商標・意匠の利用許諾をとっているはずですが。

そういう法制度とはまったく別の視点ですが、特定の時代、特にアメリカで実用目的を持って作られたウェアは、当初は道具であったかもしれないが、一定の年月を経て、一つの鑑賞の対象となりえる。つまりミッキーマウスと同等の価値が存在する。市場でビンテージウェアが取引されるとき、コンディションという実用性以外に、その見た目が取引の判断材料となる。見ていて楽しい、飽きない。見るたびに発見がある。その作者の想いが伝わってくる。
当時のアメリカのレザーウェア業界がハリウッドのように政府にコネクションをつくり、そのデザインの保護範囲を広げてたらBucoも違った歴史を歩んでいたのかもしれません。

Sep 5, 2009

Wesco Boss 定点観測6


ということで再びWesco Bossの定点観測に戻ります。改めて5回目と比べてみると、甲のあたりのシワの入りが進み、ミッドソールの反り具合も上向きになってきているのがわかります。



甲の部分の俯瞰です。シワがでると、革の艶に立体的な凹凸がでて、眺めていて飽きません。。。



ところで、このブーツ。いつかのジェームス・ディーンみたいに。。。そんな50年代のエンジニアをイメージしてオーダーしたものでしたが、彼はどれくらい履いていたのでしょうか?


BGM:  "My Funny Valentine"  Chet Baker